Aさんと働くこと

はじめまして。
ルンアルンの池田と申します。東京都武蔵野市にオフィスを構え、3年目になります。
私たちは精神障害・発達障害を持つ方の就職活動や職業生活を応援する福祉事業を行っています。
ルンアルンの活動の様子については、文末の「ルンアルン通信」をご覧ください。

私自身は、10年以上精神障害・発達障害を持つ方の就労支援に携わっています。様々な出会いとお別れを繰り返しながら、気が付いたら10年超えていました。今働いているルンアルンの他、過去には数か所の事業所で働いていました。

今回「明るい話題」のお話を伺ったとき、ちょうど前職で支援にあたらせていただいた利用者さんであるAさんが、ルンアルンのことを知り訪ねてきてくださいました。

Aさんは、お仕事に就いてもう5年になります。働くことがすっかり生活の中に溶け込んでおられました。そのお仕事に就く前には長い長いブランクがあり、就職活動も、職場への定着も平坦な道のりではありませんでした。たくさんご苦労もされ、そのつど工夫を重ね、それでもあきらめずに「働き続けること」に一途に取り組んでこられました。

そんな方がもう5年働き続けておられる・・・という事がとてもうれしくて、感激しました。また、お話する中でおっしゃっていたのが「スキルアップしたい」「他の職にも挑戦したい」「関心のある分野への転職も検討したい」というお話でした。

働くことを通して可能性が広がったご様子を伺うことができました。また、年齢を重ねる、ご病気を経験する中であっても、やりたいことや関心のあることを「あきらめる」という選択をなさらなかった、その力強さにとても感銘を受け、今回Aさんに「Aさんと働くことについて知りたいです」と依頼し、原稿を書いていただきました。

Aさんから頂いた文章を以下にご紹介したいと思います。

働くことについて

 働くという事に対して、どのような事を頭に連想するでしょうか?
働くことによって収入を得て、経済的に自立した人間に成る、経済的に自立をし、生活の糧を得て、親元から独立、自立をした生活を営む、親から独立した人間、人格として社会生活を送るなど、様々なことが頭の中に浮かんでくると思います。一般的な考え方として、働く事に依って、社会的に羽ばたく事を指していると考える人が多いのではないでしょうか。

 私は心の病、精神の障害を抱えています。そのために、社会に羽ばたいていくことがなかなかできず、それが大幅に遅れました。働きたいという気持ちはあるのですが、精神の障害を抱えているため、それがなかなか叶わず、社会に巣立っていく人達からは、かなり遅れをとってしまいました。

 私が抱えている精神の障害は発達障害(広汎性発達障害、若干の注意欠陥多動性障害も含まれる)です。又、発達障害と言われる前に、約十年間、家に引きこもっていた期間があります。私は、元、引きこもりです。後になってから解かったことですが、家にこもっていた引きこもりも、発達障害からくるものであることがわかった時は、驚きの他に、長い年月を無駄に過ごしてしまった後悔の念や、不思議なことにはっきりと理由が解かって安堵したなど、様々な想い、考えが私の胸に到来しました。又、引きこもっていた期間には重い抑うつ感に苛まされて、自分はうつ病なのではないかと思ったこともあります。発達障害、引きこもり、抑うつ感、不安感が私の主たる障害でした。

 もう何年も前のことになりますが、あるセミナーで引きこもりの人達を専門に診ているある精神科医のお話を聞きに行ったことがあります。その精神科医が言われていたお話の中で、引きこもりの人がその状況から脱出し、そして就労に結びつくまでにはどのような手段、方法を用いたらよいのか、そこまでに至るのには、どのような過程を経たらいいのか、どのようなプロセスを経ていくべきなのか、その一つのモデルプログラムについて話をされました。まず引きこもりから脱出するにはどの様にしたらよいのか?ここ20年程の間に引きこもりの人たちが集まる自助グループが設立されていったことをあげたいと思います。

 都内には何か所か引きこもりの人たちが集まる、フリースペース的な自助グループがあります。それに倣って関東地方の他の件でも、それと同じような自助グループが設立されてゆきました。引きこもりの人達は、家の中に何年も引きこもっているため、対人関係のスキルが非常に低下しており、対人関係に自信がない人が多いです。まずは、そのようなグループに通い、失われていた対人関係のスキルを身に着け、対人関係に自信を持てるようになるという事なのです。

 その過程を経てから、各々の市町村の社会福祉協議会等にて相談し、精神の種々の作業所に何年か通って、働く事、働くためのトレーニングを行い、それからは、障害を持っている人たちに特化した就労移行の施設の通い、そこのスタッフの人たちのサポートを受けながら実際の就労に結びついてゴールに至るという事なのです。

 偶然のことなのですが私はその精神科医の言われたモデルプランにそった行動をしていました。引きこもりの自助グループに通い、精神のB型作業所で3年2か月の間働くためのトレーニングを行い、就労移行の施設に1年6か月通い、スタッフ方達のサポートを受けながら、今の仕事に結びつくという過程を経ました。本当に偶然のことなのかもしれませんが、そのモデルプランに沿った行動が、今の仕事、就労に結びつくという結果に至ったわけです。

 最後に私の体験から一つお話したいことがあります。引きこもりや発達障害、抑うつ感、不安感を抱えながら生活を送ることや、働くことは、精神的にきつくてつらい事もありますが、まずは自分に与えられた環境の中で何年か粘ることが大切なことになります。その環境の中で粘ったことが、自分にとっての自信になり次のステップにつながっていく原動力にもなります。

 私は元、引きこもりで、今でも発達障害を抱えていますが、これからも焦らず、気負わず、地道に歩んでいこうと思います。

ルンアルン2021年度活動報告

筆者紹介

 6月に態様の異なる就労困難者への横断的支援方策検討部会(略称「横断的支援部会」)において、IPS手法を活用した就労支援について、津富宏静岡県立大学教授のお話を伺いながら、勉強する機会がありました。事前の勉強のために、実際に地域でIPS手法を活用しながら就労支援に取り組んでいる事業所を訪問して、お話しをうかがいました。お邪魔した事業所が東京三鷹にあります「ルンアルン」で、お話しをして下さったのが、池田真砂子さんでした。同席いただいた国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の山口創生先生にもお話しをうかがうことができ、良い勉強の機会になりました。
 このご縁で、今回は池田真砂子さんに、執筆をお願いいたしました。池田さんは、ルンアルンのスタッフですが、同時に「日本IPSアソシエーション(JIPSA)」の共同代表でもあります。池田さんからの依頼を受けて、あきらめずに「働き続けること」に一途に取り組んでこられたAさんが、しっかりとご自身を見つめながら、心あたたまる手記を寄せて下さいました。皆さんが、「働く」ということを、もう一度振り返ってみる機会になれば、嬉しいです。

*IPS手法について詳しくお知りになりたい方には、当機構ホームページの「第2回態様の異なる就労困難者への横断的支援方策検討部会」のコーナーに津富宏先生の資料が掲載されていますので、ご参考になさって下さい。